〈WGBH〉BSO ライプツィヒ週間 スコットランド、バッハ、シューマン

※2月6日の記事に追記の上再公開。

2018年2月10日 ボストン、シンフォニーホール
アンドリス・ネルソンス指揮
ボストン交響楽団
デイヴィッド・クラヴィッツ(Br)
トーマス・アデス、キリル・ゲルスタイン、ジャン=イヴ・ティボーデ(Pf)
タングルウッド祝祭合唱団

バッハ:3台のピアノのための協奏曲ニ短調
シューマン:夜の歌、新年の歌
シェパード:Express Abstractionism(初演、GHOとの共同委嘱作品)
メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」

Leipzig Week in Boston
(WCRB 2018年2月10日 20:00~)
※アーカイブは当面公開なし

プログラムノート

2018年2月のゲヴァントハウス・カペルマイスター就任をもって、ネルソンスのBSOとGHOの兼務が正式に始まるのを前に、両オケのコラボ企画が本格的に開始。ライプツィヒ週間 in Bostonの第1弾が2月上旬に開催され(→〈LVZ〉ライプツィヒ週間 in Bostonと訪米団(2018年2月))、この定期演奏会はその一環である。内容はライプツィヒゆかりの作曲家に加え、両オケの共同委嘱作品であるシェパードの新作も含む。放送後に詳しく書く予定。

(以下放送後追記)
バッハは普段あまり聴いていないのでなんとも言えないのだが、ピアノで聴くとなかなかの迫力ではある。もちろんライプツィヒ週間なのでバッハは避けて通れないのだが、それにしても15分かそこらの曲でピアニストをこの3人揃えるというのも贅沢な話だ。ゲルスタインはタブレットの電子楽譜を使っている。

贅沢といえば次もそうで、同様にライプツィヒゆかりの作曲家であるシューマンの作品として、序曲などでなく合唱とソロを使った歌曲を持ってきた。お披露目的な機会だから、タングルウッド祝祭合唱団も出しておこうということなのかもしれない。ただ、この合唱団は一体というより良くも悪くも「群衆」という感じの声だし、「夜の歌」の詩のイメージからしても、合唱で聞くのは正直ちょっと妙な気もする。
「新年の歌」の方は全体としては祝祭的な作品ではあるが、ソロのクラヴィッツ、合唱とも中盤いくらか華やかな迫力を欠く印象なのは、曲自体の問題なのかもしれない。最後に有名なコラール「Nun danket alle Gott(日本語賛美歌で「いざやともに」)」を引用しているが、長い歌なのに結局これの力強さが際立つばかりに思えてしまうのは偏見というものだろうか。オケはそれなりに雰囲気が出ている。

後半最初はBSOとGHOの共同委嘱(ライプツィヒでも今年8月31日に演奏予定とのこと)による新作、アメリカ人作曲家シェパードのExpress Abstractionism(タイトルはexpressの訳に迷うところだが、「抽象画の表現」ということだろうか)。4楽章構成で、それぞれに抽象画家の名前や題名が付いている。現代美術に疎い私はカンディンスキーくらいしかわからないが、該当部分は確かにそんな感じがしないでもない。知らなくても色彩豊かできらきらとした、変化に富んだ面白い作品ではある。なお、2月9日のカジュアル・フライデーでは、会場内で聴きながらスマートフォンなどでプログラムノートが見られるという企画をしていたらしい。

ネルソンスのメンデルスゾーンはヴァイオリン協奏曲と「真夏の夜の夢」(→〈WGBH〉BSO 真夏の夜の夢、ヘンツェ8番、オベロン)くらいしか聴いていなかったものの、古典や後期ロマン派を聴いた経験から、相性の良い作曲家ではないかと勝手に思ってきた。特にこの3番は大好きな曲なので楽しみにしていた。
序奏はそれほどでもないが、第1楽章主部以降はとてもじっくりと、遅めのテンポが際立つ演奏だ。第1楽章リピートなし、比較的速い第2楽章を含めてもトータルでちょうど40分くらいかかっている。といって重いとか引きずるというわけではない。テクスチュアはむしろ軽やかで繊細な印象で、自然な流れもきちんとある。メンデルスゾーンの古典的な面は後退するが、その分ネルソンスが得意とするドヴォルジャークを思わせる、ロマンティックで叙情的な情感を存分にきかせている。

第1楽章提示部の主題は、ヴァイオリンよりもクラリネットが若干強めに入っている。ゆったりとしたテンポ運びの中で一つの音、一つのアーティキュレーションに豊かな表情を与えつつも、作りすぎている感じはしない。内向的なパッションは非常に(文学的な意味で)ロマン派的なものを感じさせる。
第2楽章は木管陣を始めとした瑞々しい響きで、ここはネルソンスもけっこう飛ばしているが、弦打も含むアンサンブルが綺麗にバランス良く噛み合い、オーケストレーションの巧みさが浮かび上がる。

全曲アタッカだが第3楽章の前は少しだけ空いた。後半でチェロが主旋律を担当するときのヴァイオリン(とフルート)の副旋律は、全曲の中でも特に印象深かった。ネルソンスはきっとリハーサルでこのフレーズを、ヴァイオリンだけで何度か弾かせてみたのではないかと想像する。もちろん、至るところにある細かなニュアンスの全てをリハで指示しているはずはないので、ほとんどはその場のジェスチャーと、オケの旺盛な表現力がインタラクティブに生み出しているものなのだろう。

フィナーレについてメンデルスゾーンはAllegro guerriero(戦闘的)と言っているらしいのだが、そのせいなのか、あるいはラストの一見唐突な明るさのせいなのか、ドヴォルジャークの7番を思い出した。ドボ7もスコットランドと並んで大好きな曲なのだが、こうも重なって聞こえたことは今までなかった。ドボ7はチェコの独立運動との関連が指摘されているが、メンデルスゾーンの方もスコットランドの、さらには彼自身のユダヤ人としての悲哀の歴史が通底している。そしていずれにおいても、その「戦闘的」なものがどこかナイーブなロマンティシズムに包まれつつ表現され、未来のヴィジョンのように情熱的な長調で締めくくられるのだ。

このコンサートの前に、手元にあるスコットランドの音源をいくつか聴いていたのだが、このネルソンスの演奏はシャイー/GHOの演奏と色々な意味で対照的で、とても興味深い。間もなくネルソンスもGHOと演奏するので、そちらも聴いたらさらに比較してみたいところだ。マズア、ブロムシュテット、シャイー、ネルソンスと、歴代カペルマイスターで聴き比べてみても面白いかもしれない。
(以上追記)


上記WCRBのページでライプツィヒとの連携に関するネルソンスのインタビューが聞ける。GHOとの最初の共演は、BSOとを初めて振ったのと同じ2011年だった。BSOへの就任後にGHOからのオファーがあり、単なる掛け持ちではないスペシャルな関係を作っていくことになった。無意味に争い合うのではなく、人間的な協調を築き、教育面などでもそれぞれの持つユニークな機会を共有していきたい。互いに敬意を持ち学び合う関係が非常に重要だという。
メンデルスゾーンについては、ライプツィヒのハウスも訪ねたということで、手稿や部屋を見て昔のはずなのにとても近しく感じる。今日でもその伝統は引き継がれていて、彼の繊細で軽やか(leggero)で、流れるような(fliessendというドイツ語の単語しか出てこなくて困るあたりが面白い)、ワーグナーやブルックナー以前の音楽、響きの質は生き続けている。家や街のスケールを感じることも大切で、ライプツィヒは比較的小さくて人の距離が近い。ボストンも決して大きくはなく、文化芸術が大切にされている街だが、同様のことがライプツィヒにも言えると語っている。

バッハとシューマンの一部が公開されている。



今シーズンはWGBHのオンデマンドがないので(→【注意喚起】〈WGBH〉BSOコンサートのオンデマンド公開休止(2017年9月))、リアルタイムで聴く必要がある。翌週の月曜夜に再放送あり。

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